「徹と呼ばれたころ 7」
- 2009/10/17
- 04:26
「徹と呼ばれたころ 7 ~エピローグ~」
あれからもう10年経つのですね・・
私は7年前に百合子さんと入籍して「池田薫」になりました。
そして「百合子さん」ではなく、「お母様」と呼ぶようになりました。
絵美さんのことも「お姉様」とお呼びしたいのですが、相変わらずしもべのように私に尽くしてくださる絵美さんがそれを許してはくださいません・・
そして絵美さんが私を「お嬢様」と呼んでくださるようになりました・・
絵美さんに綺麗にメイクを施された私は、徐々に「女性」としての道を歩むことを素直に受け入れました。
勤めていた会社が倒産してしまったせいでお母様が私を引き取ってくださいました。
そして絵美さんが優しく、この上なく優しく女性の仕草や言葉遣いなどを教えてくださいました。
何か無作法なことがあっても、絵美さんは笑顔を讃えたままで「お嬢様、こうする方がお淑やかで素敵ですよ♪」というように私を躾けてくださるのです。
躾ける、と言えば「女の悦び」を教えてくださったのも絵美さんでした。
「奥様に唆されたのですよ」なんて笑っていますけど、本当はお母様と一緒に官能を味わって頂いている絵美さんからの私へのプレゼントじゃないかと思っています。
お母様は相変わらず悪戯っぽく絵美さんを啼かせてあげていますけど、私にはいつも貫かれたいと仰って「女の悦び」は絵美さんに任せきりです。
時にはお二人に抱き合って頂いたスタイルで交互に貫いて差し上げたり、時には私がお母様を貫いた後ろから絵美さんに貫かれたり・・
私のバストは時間を掛けて大きくして頂いたものです。
けれど「男の子」は相変わらず健在で、お二人に悦んで頂いています。
本当の女性にはいつまで経っても届きそうもありませんが、たとえ偽りであっても「女性」として暮らす今の生活にはなんの不満もありません・・
「今日は久しぶりに心ゆくまで愉しみましょうね、私の可愛い子猫ちゃん♪」
お母様の悪戯っぽい微笑みに今夜も素敵な何かが待っていてくれそうです・・
<ようやくラストを迎えることが出来ました。
ここまでお付き合い頂いた皆様には心から感謝申し上げます。
文才の欠片もないわたくしのことですから、次回がいつになるのか想像もつきませんが、そのうちまた何かご披露させて頂きたいと思っておりますので・・>
あれからもう10年経つのですね・・
私は7年前に百合子さんと入籍して「池田薫」になりました。
そして「百合子さん」ではなく、「お母様」と呼ぶようになりました。
絵美さんのことも「お姉様」とお呼びしたいのですが、相変わらずしもべのように私に尽くしてくださる絵美さんがそれを許してはくださいません・・
そして絵美さんが私を「お嬢様」と呼んでくださるようになりました・・
絵美さんに綺麗にメイクを施された私は、徐々に「女性」としての道を歩むことを素直に受け入れました。
勤めていた会社が倒産してしまったせいでお母様が私を引き取ってくださいました。
そして絵美さんが優しく、この上なく優しく女性の仕草や言葉遣いなどを教えてくださいました。
何か無作法なことがあっても、絵美さんは笑顔を讃えたままで「お嬢様、こうする方がお淑やかで素敵ですよ♪」というように私を躾けてくださるのです。
躾ける、と言えば「女の悦び」を教えてくださったのも絵美さんでした。
「奥様に唆されたのですよ」なんて笑っていますけど、本当はお母様と一緒に官能を味わって頂いている絵美さんからの私へのプレゼントじゃないかと思っています。
お母様は相変わらず悪戯っぽく絵美さんを啼かせてあげていますけど、私にはいつも貫かれたいと仰って「女の悦び」は絵美さんに任せきりです。
時にはお二人に抱き合って頂いたスタイルで交互に貫いて差し上げたり、時には私がお母様を貫いた後ろから絵美さんに貫かれたり・・
私のバストは時間を掛けて大きくして頂いたものです。
けれど「男の子」は相変わらず健在で、お二人に悦んで頂いています。
本当の女性にはいつまで経っても届きそうもありませんが、たとえ偽りであっても「女性」として暮らす今の生活にはなんの不満もありません・・
「今日は久しぶりに心ゆくまで愉しみましょうね、私の可愛い子猫ちゃん♪」
お母様の悪戯っぽい微笑みに今夜も素敵な何かが待っていてくれそうです・・
<ようやくラストを迎えることが出来ました。
ここまでお付き合い頂いた皆様には心から感謝申し上げます。
文才の欠片もないわたくしのことですから、次回がいつになるのか想像もつきませんが、そのうちまた何かご披露させて頂きたいと思っておりますので・・>